大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和62年(ワ)104号 判決

原告

鷲峯道子

ほか一名

被告

両備バス株式会社

主文

一  被告は原告らに対し、各一二五五万八九五七円及びこれに対する昭和六二年三月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各二五七七万一五四六円及びこれに対する昭和六二年三月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一)日時 昭和五九年一〇月一〇日午後五時ごろ

(二) 場所 岡山市西大寺上一丁目一番五〇号先交差点

(三) 加害車 大型乗用自動車(バス、岡二二か五九三号)

右運転者 近藤緑郎(以下「近藤」という。)

(四) 被害車 自転車

右運転者 鷲峯信恭(以下「信恭」という。)

(五) 事故の態様 信恭が被害車(以下「自転車」という。)に乗つて前記場所を横断中、右折進行する近藤運転の加害車(以下「バス」という。)が側面衝突したもの

2  責任原因

近藤は、被告の従業員(バス運転手)であるところ、バスを運転して事故現場を東から北に向けて右折する際、同現場を西から東に向けて横断する信恭の乗つた自転車を発見したが、自転車が停止してくれるものと軽信し、その動静に対する注視を欠いたまま漫然進行した過失により、バスの右前部を自転車に衝突させたものであるから、近藤は不法行為責任を負う。

被告は近藤の使用者で、右事故は近藤が被告の業務のためバスを運転中に惹起したものであるから、被告は使用者責任を負う。

3  損害

(一) 信恭は、本件事故のため、昭和五九年一〇月二七日午前零時五五分、脳挫傷により死亡した。

(二) 右死亡に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 逸失利益

信恭は、死亡当時、満五三歳の健康な男子であり、宗教法人普門坊圜満院(以下「普門院」という。)の副住職たる僧侶であつた。

ところで、普門院の収入は、信恭死亡の前年度である昭和五八年度で合計八二五万八六二〇円であるが、普門院は形式こそ宗教法人であるものの実質的には信恭や住職の鷲峯秀恭(信恭の実父、以下「秀恭」という。)の僧侶個人を離れては存在し得ない小寺院であつたものである。そうすると、信恭の収入は、普門院の収入に対する同人の寄与の割合によつて算出されるべきことになるが、秀恭が高齢であること等を考慮すれば、信恭の寄与率は七〇パーセントはあると考えられる。したがつて、信恭は死亡の直前までは少なくとも年間五七八万一〇三四円の収入を得ていたもので、僧侶の収入は年齢と共に増加するのが一般的である。右収入のうち、一家の支柱としての生活費が三〇パーセント、僧侶としての必要経費が一〇パーセント程度あつたと考えられる。信恭は、本件事故により死亡しなければ、僧侶という職業の性格上、終身就労が可能であつて、同人の健康状態等より考えて少なくとも平均余命のうち二三年間は就労し得たはずである。

以上の数字をもとに、ホフマン方式により信恭の逸失利益を算出すると、五二一八万五三九三円となり、原告らは、道子が妻、啓子が長女として、それぞれその二分の一に当たる二六〇九万二六九六円を相続により取得した。

(計算式)

五、七八一、〇三四×(一-〇・四)×一五・〇四五=五二、一八五、三九三

(2) 葬儀費用

原告ら各自につき、四五万円が相当である。

(3) 慰謝料

信恭が一家の支柱であつたことを考慮すると、原告ら各自につき七五〇万円が相当である。

(4) 損害の填補

原告らは、本件事故に関して、自賠責保険から一八九四万二三〇〇円の支払を受けた。

そして、右支払により、原告らの損害は平等の割合で填補されたものであるから、未填補額は、原告ら各自につき二四五七万一五四六円となる。

(5) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任したものであるが、その費用としては原告ら各自につき一二〇万円が相当である。

よつて、原告らは被告に対し、使用者責任を理由とする不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記の未填補額と弁護士費用との合算額である二五七七万一五四六円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年三月八日(本件訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合により遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める(ただし、(二)の場所は交差点ではなく、被告西大寺営業所(バスターミナル)の敷地内のバス専用通路である。)

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、(一)は認め、(二)の(1)ないし(3)、(5)は否認し、(4)は認める。

なお、右(二)の(1)については、普門院の収入と信恭個人の収入とを混同しているもので是認できない。また、(二)の(2)については、被告は既に葬儀料として一二〇万円を被告らに支払つているから、更に負担すべき理由はない。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場は、被告西大寺営業所(バスターミナル)の敷地内のバス専用通路で、一般の通行人が横断することを禁止されている場所である。しかるに、信恭は、近藤運転のバスが同通路入口の手前にある横断歩道に差しかかつたとき、同通路外で、自転車に跨り片足を地面につけて発進する気配を見せなかつたため、バスが右折進行を続けようとした直後、突然、自転車に乗つて飛び出したもので、当時、信恭は飲酒のうえ酪酊の状態であつた。

したがつて、近藤に過失があつたとしても極めて軽微なもので、むしろ、本件事故は信恭の重大な過失に基いて発生したものであるから、損害の算定については信恭の過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論

本件事故現場は、横断歩道ではなかつたものの、横断禁止区域でもなく、歩行者及び自転車が自由に通行し得る事実上の歩道であつたもので、信恭が同現場を自転車に乗つて横断しようとしたことはさほど不自然な行動ではない。

また、信恭の飲酒の点については、確かに血液中からアルコールが検出されはしたものの、事故当時、酪酊状態にあつたとは到底考えられない。

要するに、本件事故は、既に原告らが主張しているとおり、近藤運転のバスが、信恭の乗つた自転車の動静に対する注意義務を怠り、自転車が停止してくれるものと軽信し、漫然と右折進行した過失によつて発生したことが明白で、被告の抗弁は理由がない。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、(二)の場所が交差点である、との点を除き、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の四、一四、一七、乙第四号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二号証、本件事故現場付近の写真であることにつき争いのない甲第一〇号証の一、乙第五ないし第八号証及び証人近藤緑郎の証言を総合すると、右場所(衝突地点)は、県道交差点の北側にある被告西大寺営業所(バスターミナル)の敷地内のバス専用通路入口付近で、その手前にある横断歩道の北端線から約三メートル北寄りの右通路のほぼ中央部分であることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、請求原因2(責任原因)及び抗弁(過失相殺)について判断する。

前記一の事実、及び、前掲甲第三号証の四、一四、一七、第一〇号証の一、乙第二号証、第四ないし第八号証、成立に争いのない甲第三号証の六ないし八、証人星賀国彦、同近藤緑郎(一部)の各証言を総合すると、近藤は、被告の従業員(バス運転手)であるところ、バスを運転して、前記バスターミナルに向かうため事故現場手前の県道交差点を東から北に向けて右折する際、対向直進車の流れを避けて交差点内で一時停止した後、その途切れるのを待つて発進し、毎時約一〇キロメートルの速度で横断歩道に差しかかつたとき、左前方の前記バス専用通路外に信恭が片足を地面につけて跨つている自転車を発見したが、バスの通過を待つてくれるものと軽信し、その動静に対する注視を欠いたまま、漫然と右折進行を続けたため、同通路を西から東に向けて横断中の信恭の乗つた自転車にバスの右前部を衝突させたことが認められ、これによれば、近藤に前方不注視の過失があることは明らかであり、したがつて、同人の使用者たる被告は、同人の事業の執行中に発生した本件事故につき使用者責任を負うものというべきである。

他方、前掲各証拠を総合すると、信恭は、バスが右折進行中であることを十分に認識していたものと推認できる状況下で、横断歩道外の前記バス専用通路のバスの直前を、自転車に乗つて西から東に向けて横断しようとしたこと、当時、信恭は飲酒しており、その血中アルコール濃度(mg/ml)は法定の酒気帯びの基準値である〇・五をはるかに超える二・四三(事故当日の午後六時五五分に川崎医大附属川崎病院で信恭から採取した血液による鑑定値、なお、酒酔いの程度は証拠上必ずしも明らかでないが、少なくとも飲酒の影響で注意力が散漫となり、判断能力が鈍つていたであろうとは推測に難くない。)であつたことが認められ、これによれば、信恭にも、本件事故の発生につき過失があるものというべく、その程度は近藤七、信恭三の割合と認めるのが相当である(なお、前記バス専用通路は、一般交通の用に供された道路ではないが、少なくとも同通路の入口部分(衝突地点)は横断歩道に近いところから、かねてより歩行者及び自転車が事実上通行しており、近藤も職業柄これを知悉していたものと認められる。)。

以上の認定判断につき、証人近藤緑郎の証言中のこれに反するかの部分は措信せず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

次に、請求原因3(損害)について判断する。

1  同3(一)(信恭の死亡)の事実は、当事者間に争いがいない。

2  そこで、以下、損害の数額につき順次検討する。

(一)  逸失利益 各一五九八万〇一〇七円

成立に争いのない甲第三号証の九、第八、第一一号証、証人籔地良道の証言及び原告鷲峯道子本人の供述により成立を認める甲第二、第四、第五号証、第六号証の一ないし六、第九号証、同証言、供述及び弁論の全趣旨を総合すると、信恭は、死亡当時五三歳(昭和六年八月五日生)の健康な男子で、普門院の副住職であり、信恭の実父秀恭(明治四二年二月一〇日生)が住職であつたが、同院の昭和五八年度(信恭死亡の前年度)の総収入は、八二五万八六二〇円であつたこと、同院は、形式は法人であるが、檀家数三百数十戸程度の小寺院で、僧侶たる信恭と秀恭両名の資質・能力に完全に依存し、右収入の全部が右両名の労務によつて取得されていたものとみられること、右収入に対する信恭の寄与の割合は、秀恭の年齢、健康状態(スモン病のため足が不自由であつた。)等からして七〇パーセント、その必要経費が一〇パーセント、また、生活費は一家の支柱として三〇パーセントとみられることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、信恭は、僧侶という職業の性格上、平均余命のうち少なくとも七五歳までの二二年間に亘り就労が可能であつたと解される。

そこで、これらの数字を基礎として、信恭の本件事故当時の逸失利益を、ライプニツツ方式(係数一三・一六三〇)により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、その額は、四五六五万七四五〇円(八、二五八、六二〇×〇・七×〔一-(〇・三+〇・一)〕×一三・一六三〇)となる。

そこで、前認定の信恭の過失を考慮すると、結局、その額は右の七割に相当する三一九六万〇二一五円となる。

そうすると、原告らは、原告道子が妻として、原告啓子が長女として、それぞれ右の額の二分の一に当たる一五九八万〇一〇七円を相続により取得したことになる。

(二)  葬儀費用

原告らが信恭の死亡に伴う葬儀料として、被告からその主張に係る一二〇万円の支払を受けたことについては、原告らにおいて明らかに争わないので、これを自白したものとみなされる(この点は、証人籔地良道の証言によつても窺い知ることができる。)。したがつて、原告らが葬儀費用として被告らに賠償を求め得るものはなく、失当である。

(三)  慰謝料 各五二五万円

前認定の信恭が一家の支柱であつたことのほか、同人の過失の程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、信恭の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら各自につき五二五万円と認めるのが相当である。

(四)  損害の填補

原告らが、本件事故に関し、自賠責保険から一八九四万二三〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。原告らは、右支払により、各自の損害につき平等の割合で填補されたものというべきであるから、その額は、右金額の二分の一に当たる九四七万一一五〇円となるところ、これを、前記(一)及び(三)の原告ら各自の損害額二一二三万〇一〇七円から控除すると、未填補額は、原告ら各自につき一一七五万八九五七円となる。

(五)  弁護士費用

原告らが、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることは、弁論の全趣旨により推認されるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額等に鑑みると、被告に対して賠償を求め得る弁護士費用は、原告ら各自につき八〇万円が相当である。

四  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告ら各自につき一二五五万八九五七円及びこれに対する本件事故の後である昭和六二年三月八日(本件訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例